棚に並ぶ英語の参考書のなかで、このシリーズだけは毛色が違う。たいていの文法書は「読んで理解する」ために作られているが、『英語のハノン』は最初から「耳で聞いて声に出す」ことしか考えていない。著者は横山雅彦と中村佐知子で、2021年の初級編から始まって、中級、上級、フレーズ編、ロジック編と広がってきた。
名前の由来は、ピアノの練習で誰もが通る「ハノン」だ。曲として弾くものではなく、指を動かす型を体に入れるための反復練習。その発想を英文法に持ち込んだのがこのシリーズで、文法を知識として覚えるのではなく、口の運動として身につけるための本である。
ドリルの仕組み
ドリルは、音声の指示で英文を組み替えて声に出す練習だ。1つのドリルは5つの英文でできていて、音声が英文を読み上げ、続けて指示を出す。「主語を変えて」「過去形にして」「疑問文にして」。聞き手はポーズの間に、指示どおりに組み替えた文を声に出す。型は大きく2つあって、語句を次々に入れ替える連続ドリルと、変換の段数が増えていくステップ式のドリルだ。
ここで効いてくるのが、ハノンという名前のもう一つの意味だ。ピアノのハノンが退屈なのは、考えることが何もないからだが、この本のドリルは逆で、ポーズの間に頭をフル回転させる作りになっている。文の形を保持したまま一部だけを組み替える作業は、聞いて理解するだけの勉強にはない負荷だ。
初級編では、音声はスロースピードとナチュラルスピードの2種類が無料でダウンロードできる。まずスローで形を確認して、最終的にはナチュラルでスムーズにリピートできるようになればOK。イギリス英語版の音声も別に用意されている(有料)。
初級編の構成
初級編は全20ユニットだ。第1部が文型と時制の基本構造、第2部が疑問詞・受動態・現在完了、第3部が不定詞と分詞という並びで、中学から高校初めの文法を「話す側」から並べ直している。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 書名 | 英語のハノン 初級 ――スピーキングのためのやりなおし英文法スーパードリル |
| 著者 | 横山雅彦・中村佐知子 |
| 出版社 | 筑摩書房(2021年4月) |
| ページ数 | 272ページ(A5判) |
| 価格 | 1,980円(税込) |
| ISBN | 978-4-480-81582-8 |
| 構成 | 全20ユニット(3部構成)、1ドリル5文 |
| 音声 | 無料ダウンロード(スロー/ナチュラルの2種)。イギリス英語版は有料別売 |
扱う文法そのものは易しい部類だ。難しいのは中身ではなく運用のほうで、第1文型の文でも、主語と時制を同時に変えろと言われると口が止まる。「知っている文法」と「言える文法」の落差を測る本として読むと、初級という言葉の意味が変わって見える。
初級編の回し方
著者の推奨は1日1ドリルでいい、という控えめなものだ。1ユニットではない、1ドリルだ。進め方は決まっていて、まず本を開いて英文と音を結びつけながら練習し、慣れたら本を閉じる。閉じた状態で、ナチュラルスピードのポーズの中にスラスラ言えるようになったら、そのドリルは終わりだ。
この「閉本」が全体の急所だ。本が開いているうちは、目が文を先回りして拾ってしまうので、耳と口の練習にならない。閉本で言えない文は、まだ「知っているだけ」の文だ。逆に言えば、進み具合の判定に迷いがない。言えたか、言えなかったか。
続く人と止まる人の違いも、だいたいここで分かれる。止まるのは、1日に1ユニットも2ユニットも進めようとして、言えないドリルを積み残した人だ。1ドリルを何日かけてもいいから「言える」まで持っていくほうが、結果として速く進む。目安として、1ドリルに15〜30分かかると見ておくと、20ユニットで数か月単位の本だ。短距離走の教材ではない。
相性が悪いのは、文法の知識自体がまだまったくない人だ。この本は説明の本ではないので、時制や文型の意味がそもそも分からないと、ドリルの指示で止まる。英語の文法基礎力がない人は、遠回りと思って中学英文法からやり直すのが、最終的には近道になるだろう。
なお、著者の横山先生が自身のXで、初級編よりもさらに手前のレベルを担当する入門編の『はじめてのハノン』も執筆中だと発信している。これが発売されれば、はじめて英語を学習する子どもでも、ハノンで徹底的なトレーニングができるようになるだろう。
とはいえ、まったく解説がないわけではなくて、ある程度文法を理解している人にとっては、非常に簡潔でわかりやすい解説なので安心してほしい。
読めば分かるのに話せない、という人には、これ以上なく合う。その落差こそが、この本の担当範囲だからだ。
シリーズの歩き方
初級編を終えた先は、中級編が用意されている。中級は文と文を組み合わせて複文を作るドリルが中心になり、負荷のかかり方が変わる。さらに、音声もナチュラルスピードのみとなる。ネイティブの容赦のないナチュラルスピードの音声について行くことが要求される。
その先に上級、横道にフレーズ編とロジック編がある。各編の詳しい中身と選び方は、それぞれ別の記事で扱う。
まとめ
『英語のハノン』初級編は、文法を「言える」側に寄せるためのドリルブックだ。効果の有無は、閉本で言える文が増えたかどうかで測れる。1日1ドリル、閉本でスラスラ言えるまで。回し方はそれだけだが、それを守れるかどうかがこの本の分かれ目だ。
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